クロが、弟の車の下で死んでいた。
わが家を根城にしている野良猫で、サバ白(♂)、サバブチ白(♀)、黒白(♂)の3つ子の内の黒白である。
弟のバイクで日向ぼっこする3匹。左下の黒い猫がクロ
私は密かに「クロちゃん」と呼んでいた。
一瞬、横たわって寝ているようにも見えた。
しかし車の横から見ると、白目をむいていた。
車のちょうど真ん中へんで、弟の車に撥ねられたり轢かれたりしたのではないことはすぐにわかった。
車を動かして亡骸を玄関の方に運んでみると、すでに固くなっており、半開きになった口から少し出血していた。
目立った外傷は無いように見えたので、
「何か毒のあるものでも食べちゃったのではないか」
と、家族で話していた。
叔母は「昨日まで、庭に出るとまとわりついていたのに」と泣いていた。
私も先日の雨の日、3匹仲良く火鉢の中
(古い火鉢を庭に出していたら、そこをベッド代わりにしてしまっている)に寄り添っているのを見たばかりだった。
2年か3年ほど前になるか。1匹のキジトラ猫がわが家の、それこそ猫の額ほどの庭に現れるようになった。
わが家ではこの雌猫を「むー」と呼び、猫好きの叔母が情にほだされて、飼い猫の残り物などをあげていた。
ある日、むー は姿を見せなくなった…かと思うと、次に現れた時にはお腹が膨れていた。
そして子育てを庭でし、親離れの時期になるとどこかへ消え、妊娠するとまた庭へやってくるということを繰り返している。
今、叔母は猫4匹を室内飼いしているが、3世代4匹とも むー の子どもたちである。
なんとか むー の避妊手術をさせたいのだが、この放蕩娘はかなり用心深く、なかなかつかまえられるものではない。
今年6月に入ったばかりの頃、しばらく顔を見せなかった むー が、またお腹を膨らませてやってきた…と思ったら、すぐに仔猫の顔が見えるようになった。
その子たちが、この3匹である。
近隣には猫好きもいるが、良く思わない人ももちろんいる。
叔母は
「むー を捕獲できないのなら、子どもたちだけでも去勢・避妊手術をしておかないと」
と、ちょうど春・秋年2回行なわれる区の“ホームレス猫の去勢・不妊手術事業”に申し込んだ。
近所の人が「私なんて20回以上応募してるけど、1度も当たらないですよ」といっていた狭き門だったが、幸い叔母は当選した。
しかし、1人当り2匹まで。もう1人の叔母の名前で応募した分は、はずれてしまったのだ。
「女の子は やっておかないとね。あとは男の子、どっちにしよう」
「その時に捕まえられた方でいいじゃない。残ったもう1匹の去勢手術代は、私が出してもいいよ」
そんな話を叔母としていた矢先に、クロが死んでしまったのである。
上記の事業に当選すると、最寄の「犬猫の正しい飼い方普及員」の人が、様子を見に来られる。
わが家での様子も既にご覧になっていたため、1匹死んでしまったことを連絡し、どうしたらよいか相談した。
すると、野良猫が死んだ場合は清掃局に連絡すると引き取りに来るという。
野良といえども、縁あってわが家を根城にしていた猫である。無念、と叔母は思ったそうだ。
しかし、連休である。清掃局は、何度かけても電話に出なかった。
そこで叔母は、わが家の猫たちが日頃からお世話になっている獣医さんに相談してみた。昨年、長く飼っていた猫を相次いで亡くし、現在は叔母が4匹、私が1匹飼っていることなどの事情をよくご存知の獣医さんである。庭を根城にしてしまっている野良猫の話をした際も「困った事があったら連絡ください」と言ってくれていた。
すると、連れて来られるようなら来てください、という。
連休明けまで預かってくれても、結局のところは清掃局行きかと、またそれは致しかたないと思っていたのだが、合同葬で葬ってもらえる場があるらしい。
ここでクロは、叔母をようやく安心させることとなった。
獣医さんによると、クロの死因は事故らしい。だが車などに当たったのではなく、石を投げられたか、蹴られたか…外傷が無いように見えたが、下になっていた方の耳の辺りは陥没していたそうだ。どこかでそんな目に遭いながら
「きっと、ようやくお宅の車の下にもぐりこんで、息絶えたんでしょう」とのことだった。
“ホームレス猫の去勢・不妊手術事業”は、当選したら指定された動物病院へ指定日に猫を連れて行くことになっている。
指定病院は残念ながらこの獣医さんのところではないのだが、その話をしてみたところ、オスはいいのだが、メスは傷がふさがるかどうかの内に退院させられてしまうらしい。だが4匹もいる叔母のところで保護しておくわけにもいかないことをご承知で「お預かりしますよ」と言ってくれたそうだ。
もちろん「無料」というわけにはいかないと思うが、このことも叔母を非常に安心させることになった。
こうして、わが家の小さな事件は解決した。
夜、友人と食事をして帰ると、隣の家の屋根に白い猫がおり、わが家の庭を眺めていた。
「クロちゃん死んじゃったの、知ってる? あんたも気をつけなね」
私はそう声をかけて、家に入った。
それにしても、むー は今、どこにいるのだろう。